「夢」

 僕は、物欲がない方です。その分、精神的欲求はある方だと思いますが、それでも「夢」はありませんでした。どうせ実現しない、と思ってました。また、自己啓発セミナー的なものに参加すると、どこかで「夢」を語らなければならない状況になることがありますが、セミナーの性格を把握したり、周りを見たりして「こんなことを言っとけばいいかな」的なことを話してました。そんな僕が、去年の秋に「夢」に出会いました。

 僕は、日本聖公会と言う宗派のキリスト教徒です。イギリス国教会の流れをくみ、カトリックでもプロテスタントでもない宗派です。日本は超加速的に高齢化社会に突き進んでますが、僕たちの教会にもその流れはあります。昨年秋、某司祭(牧師です)が、今の教会は信徒さんの高齢化が進んでいて、誰も信徒のいない教会や極々少人数の教会が発生してきている、と話されました。それと同時に、教会の聖職者も高齢化していて、教会を管理する聖職者がいない教会が発生するだろうことが問題、とも話されました。確かに、我々の東北教区において、複数の教会を兼任管理している司祭が多く、かつ、僕よりも高齢者と言う状況があります。なので教会としては、聖職者だけではなく信徒も教会の維持・運営に関わることで教会を存続させたい、また、聖職者を志す信徒が出てきてほしい、と言った内容の話をされていました。今までの僕なら、他人事として通り過ぎたはずのその話に、「じゃあ、オレ聖職者になりたい」と、素直に思いました。その後、その話をした司祭に「聖職者は、他の仕事と兼業でも出来るのか」聞いたところ、可能との話でした。

 僕は、行政書士は続けられる限り、廃業せずに生涯の仕事にしたいと思ってます。ただ、開業してから特に、人の役に立つ人生に変わりたい、と思い始めてました。そして、それは行政書士と聖職者の兼業で実現できる、と「ひらめいた」のです。信徒奉仕者やボランティアだけでなく、求めている人の役に立ちたい、それを法律またはビジネスの面と宗教の面の両面で実施したい、と思ったのです。単純に聖職者になりたい、と言っても色々ハードルは高いです。でも、これが僕の目指すべき道、と思い知らされたような気がしました。人生で初めて、本気で「夢」を見つけました。

 なので、60歳までは行政書士として「活躍」(活躍です!頑張る、ではなく)し、その後、神学校に行って教職者の勉強をして、その後は、行政書士と牧師の人生、を目指してます。ハードルは高く、難問もいくつか既に見えてます。ですが、求められているポジションがあり。自分はそのポジションに就きたいのなら、その道を進むしかないと思います。60歳まで、後8年あります。どうとでもなれるのだから、惰性で生きるのではなく、なりたい自分になる人生に変わりたい。と思うのです。

僕の教籍がある「仙台基督教会」です。仙台市内の中心部にあります。

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