「決断をする」ということ

 今日、「認知症の人と家族の会」から臨時メールが来ました。コロナウィルスが収束するまで、支部総会也世話人会、カフェやつどいは中止、と言う内容です。6月の総会は書面決議とする、ともありました。福島県行政書士会は、5月末の総会は開催する、と決めたようです。ただし、単位会の総会と日政連の総会のみで、毎年実施している懇親会や宿泊はなし、です。それに合わせて、相双支部の総会も開催です。

 このブログを作成している22時過ぎの現在、小池都知事が臨時会見を行っています。「緊急事態宣言」が明日発せられるのを受けてのことです。この、新型ウィルスはどう対処したらいいのか、誰もハッキリわからない状況で、最早何が正しくて何が正しくないのか、混迷している中で、一つの「決断をする」トップの方には、ある種の敬意を表します。トップでなければ決断できないからです。僕自身、外食産業の店長でした。店長なので決断を迫られたときもありましたが、当時の僕は強くなかったので、決断のできない人間でした。平たく言えば、決断したときに必ず起こる、批判や不満・不平が怖かったのです。だから、コロナに対して(どういう方向であっても)「決断をする」と言うのは、勇気があることだと思います。だからこそ、必要な時に「決断できない」トップは辞めるべきだと思うのです。

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